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二元論を使って
大学受験で合格点をとるために必要なイメージを
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「ひとつの成功体験が 人生を変え始める」あるいは「部分が全体を包括する」

「部分は全体を包括する」

部分的に相手の行動を観察した結果により、そのひとの おおまかな 性格を正確に判別できる
どうしてかっていうと 「ゆっくり文字を書く人が、歩くときは、せかせか歩くということは まずありえないから」

たとえば 「文字を書く」という行為だけでもいろいろわかっちゃう
文字の美しさは どうでもいい  (まあ 性格はある程度 筆跡心理学から わかるけど)
それより その人が、どのくらいのスピードで自分の文字を書くかで わかる
せかせか 書く人は、「とにかく やることを 早くこなして、全体を つかみたい」と思う傾向が 強い
ゆっくり            は  「なんでも 基礎からこつこつ 積み上げていく。  曖昧なまま、次のステップには進みたくない」と思うタイプ

ちなみに  私は、もろに せかせかタイプ  名前を書くスピードに 全力を投じている
全力少年というか全力照英だ   
だから 自転車ではしるときは   せかせかしてしまう。それで ちょっと 反省したりする    もっと パーソナルカリスマを育てろよって  自戒したりする

たとえば  食事をどんなスピードでとるかでもわかる
がつがつ ごはんを かきこむtypeは 自分の欲望を 満たすのに 貪欲

とにかく 行動からわかる部分的事実から、そのほかの 部分的行動を 予想することは 容易いのだ。

じゃあ   この事実を、どうやって 自分に応用するか
「自分の性格をよい方向に変えたいなら、部分的行動を ひとつずつ 意識的に変えていくことだ」ってこと

部分が変わると、徐々に、全体が変わっていく

よく 思春期の女の子が「わたしって こういうタイプやん」とかいうのは  その部分的行動から 「タイプ」という全体イメージを 作り出しているのを 無意識にわかっているのだ

「宿題を忘れる」という部分行動をする 生徒は
「テストで赤点をとる」という部分行動へ
そして
「頭が悪い」という全体行動へ

必要ないのに こうなっちゃうのは 心理知らない、子供せいか  大人のせいかな?

isii hiroyuki

じゃあ   

成績の悪い子供の 部分行動が   全体行動になってしまった子供をどうやれば

成績の良い子供の 部分行動から   全体行動へつなげることが出来るのだろうか?

子供が 自分の勉強に自信を持てるようになるのは   

「成功体験をすること」だ。

(教育に関して   横道にそれます。

わたしが 勉強する習慣が身につき始めたのは 親の教育があったからではない。親は典型的な「自由放任」型だ。悪く言うと、無責任。

「自分がやりたいということだけを やらせる」という信条を持っているらしい。

別で 教育論については 科学的根拠を持って説明したいと思うけど、わたしの親のやり方は はっきりいって 教育心理学をまったく知らない人の ちんぷーな 考え方だ。親のことだから 批評できるのだけれど、親の教育哲学は 素朴だ。牧歌的というか。   もうすこし 教育について、人間の脳や体について、知識を持っていて欲しかった。子供を育てるには、脳や体のことについて 深く知っておく必要がある。

親は子供によって、親になる。        医者は 患者によって、医者になる。

子供をどうやって 育てればいいか   という疑問に 駆られて、 親は 人間の体、脳について 学びたいと感じるようになる。

同様に、

患者をどうやって 治療すればいいか という疑問に駆られて、医者は 人間の体、脳について、学びたいと感じるようになる。

横道終了)

子供にとっての成功体験とは

「他人に励まされて、がんばって 勉強したら、けっこー いい点数がとれて  誉められて、すがすがしい 気持ちになる」という 一連の流れです。

この 「勉強して いい点をとったら 誉められるから  この勉強だけはがんばれる」という部分行動が きっかけとなり すべての科目の勉強が 好転し始める。

だから 一科目だけでいいからとりあえず、自信を持てるようになって欲しい。

一番 カンタンそうな科目から得意になってみよう。

高校生なら物理がおすすめ。

小中学生なら、国語が おすすめ。

         

ちなみに わたしが 最初に勉強し始めるきっかけとなった 「成功体験」は

小学校3年生のときの 国語の漢字テスト。

「社会に出たら、努力が報われないことがある。

でも

先生は 生徒に 学校では、努力した分だけ、いいことがあるってことを 教えたい」

という 指導方針で  ノートに 漢字の書き取りを 一日一ページやったら その分だけ、漢字テストの点数に 10点?ぐらいを上乗せする という システムだった。

当時、勉強する習慣がなかったわたしは 勉強が出来ない部類の生徒だったから 心配した先生が わたしに とりあえず 一日一ページは  やってこいと 何度もしつこく 励ましてくれた。

先生の執念に負けて、一日一ページ  漢字の書き取りをやるようになった ボク。

そうすると 小学3年生の脳みそとは 恐ろしいもので、意味記憶に長けているから  結構 カンターンに 漢字を覚えられてしまうのだ。

いつもは  30点くらいの漢字テストが  一気に  80点へ。

クラスでびりの成績だったのに 一気に トップクラスだ。

そのときの 驚きといったらなかった。みーんな 誉めてくれるし、もんのすごく 心地よかった。

その学期の成績は  国語だけが 最高の評価だった。それ以外は それまでと同じ。

でも 人生で はじめて 手ごたえのある成績表だった。

「努力って  いいな〜♪」って   口笛を吹きながら   得意げに  終業式を帰った思い出がある。

そこからは 破竹の勢い。漢字の成績が 国語の成績を上げて、 社会を上げて、算数を押し上げる。

小学6年の時には ひとつかふたつをのぞいて すべて最高の評価をもらっていた。

漢字の成績をあげるという 部分行動が    優等生という全体行動へつながったのだ。

中学では 5段階評価で  平均4.7から9 ぐらいだったかな。   公立の中学だったけど、200人中、常に トップ3だった。一番をとったこともあった。

               

「努力した分だけ 報われる。」を 教えてくれた先生には 今でも感謝してる。

そういう大人の 励ましがきっかけで 人生は 大きく変わってしまう ということを わたしは 肌身で感じている。

このきっかけがなかったらと 思うと ぞっとする。

だから   教育って  健全な社会のために もんんんんのすごく大切なんだ。

だから NDTひかるを やろうと思った。

ひとりでも 多くの子供たちの  部分行動を変えるきっかけになって欲しいんだ。

小学校3年生のときの わたしに 手を差し伸べてくれた先生の役を  NDTひかるが 間接的にでもいいから   やってみたい。

       

堂本剛と藤木直人と木村拓哉と蛯原友里の 家庭教師をしたい、あるいは 家庭医になりたい 木村ノエルより      

全国の小中高生とその親御さんへ。